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【実体験】高校で不登校になったけど、今でも後悔はしていない話

このブログを書いているのが2022年9月1日で、今年も9月が始まった。
この時期になると必ず思い出すのが、高校を不登校になった10年近く前の経験。

当時は自殺こそ考えなかったものの、無気力で絶望感だけが体を支配していたのを今でも思い返す。
間違いなく今までの人生で一番どん底だったものの、その時の自分に後悔していたかというとそんなことは無い。

むしろ、不登校時代があったからこそ今の自分があると思っている。
ありきたりの言葉ながら、この頃に自分の考え方がある程度決まったというのは本当だ。

そもそも不登校になった理由、不登校を克服した方法など、実体験をご紹介します。
不登校になった学生の方や、そのご家族の方々のひとつの考え方になれば幸いです。

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高校は不登校になったが、10年近く経っても後悔は無い

本記事で言いたいことは簡単で、下記の通り。

この記事の概要

  • 不登校で高校を卒業しないのは止めておいたほうが良い
  • もちろん、不登校は甘えなんかじゃない
  • むしろ、高校を不登校になるのは至って自然
  • 高校がつまらない人こそ大学は面白い

不登校を経験している僕自身としては、キチンと物事を考えたりして不登校になったりすることは至って自然なことだと思う。
少し難しい哲学の言葉を使うと、「脱構築」にも近い考え方にも感じる。

けれど、他人の事はカッコに入れてしまって、高校は卒業してしまった方が今後の人生が楽ちんになると思う。
自分自身の個性を活かしながら、不登校を脱出して学校に行くための考え方を吸収して欲しい。

 

高校で不登校になった理由を振り返る

振り返ってみると、僕が高校を不登校になったのは極めて王道な理由だった
理由をまとめるとこの3つ。

不登校の理由

  • 高校受験に失敗した
  • 周りはアホばかり
  • 文武両立ができない

これらのことが積もり積もって、夏休み明けからとうとう不登校になってしまった。
それぞれ生々しく実体験を振り返りたい。

高校受験に失敗した

僕が入った高校は、いわゆる滑り止め高校。
第一志望の高校を落ちてしまって、仕方なく入った高校だった。

少しは勉強出来る方だと思っていたので、高校受験を失敗した時点でかなりの絶望感を感じた
その理由は、こんな連想をしたからだった。

高校受験に失敗 → 有名大学にも入れない → 大企業にも入れない → 人生詰んだ

こうなると僕は落伍者で、上手くいくはずの人生が一瞬で崩れ落ちた感触だった。

周りはアホばかり

滑り止め高校に入学して気付いたのが、周りの同級生がアホばかりだということ。
アホと言うと口が悪いけど「単に勉強ができないという以前に、頭が悪そうだな」と思った。

授業中はうるさいし、ヘンなところで話を止めるから授業中のストレスが大きい。
話をしていても下らないことばかりでつまらない。

当時の僕はお笑いが好きで、とんねるず・おぎやはぎ・バナナマン・さまぁ~ずあたりが大好きだった。
シティー派と言うと古臭い言葉だけど、話のいたるところにセンスと都会を感じていた。

そんな尖った(?)笑いとは対極のノリばかりで、もちろん友達を作ろうという気にもならなかった。
ちなみに、今でも野球部っぽいノリが嫌い。

周りがそんなんだったこともあって、勉強も全くと言って良いほどやらなくなった。
いつも頭がぼんやりしている感覚で、どんどん授業にもついて行けなくなった。

そんな毎日が続いて最終的には、あんなにアホだと思っていたクラスで、最下位の成績を取ってしまった。
これは本当に屈辱で、自分のことが嫌いになるキッカケだ。

文武両立ができない

僕の通っていたのは東京のある私立高校で、自称進学校だった。
自称進学校あるあるなのかもしれないが、文武両立を第一の理念に掲げている高校。

勉強と部活の両立と言っても実際には、「どちらかが好きだけど、両立しようと頑張っている学生」にお尻を叩くための理念だ。
例えば、都内でも強い部活動がいくつもあって部活は盛んで、テスト前にガーッと一気に勉強してテストの点数を取るという感じ。

勉強も部活も結果が良くない(興味がない)僕は、高校の指標においては良い(褒められるような)学生では無かった。
簡単に言うと、「文武両立がどっちも出来ない僕」は、学校が求める学生ではなくて落伍者だと実感してしまった。

僕の個性はもっと違うところにあると思っていたのだけど、友達がいないから評価される場面はもちろん無い。
そんな高校・先生のことは今でもクソだと思っているけど、当時は自信がなくて本当に辛かった。

そして、夏休み明けに本格的な不登校が始まる

ここまでの内容をまとめると、友達・自分・学校・先生の全てが嫌いになったということになる。
ついでに言うと、学校もロクに行かないので家族とも喧嘩していた。

居場所がどこにも無い、というのはこのことかと思った。

さて、初めにも書いた通り、本格的な不登校になったのは夏休み明け。
発端は、夏休みの課題を全くやっていなかったことだったのをよく覚えている。

体調が悪いふりをして休み始めて、課題をやらずぐうたら過ごしていた。
休みが長くなってきて、体調不良も明らかな嘘になってしまって、高校に行きにくくなってしまった。

これまでのご紹介した3つの理由が、ボディーブローのように心を壊していたことに気付く。
それとなくイヤだった事が、夏休み明け直前に正気に戻ると「うわ、明日からこれなのか…」と想像して一気に憂鬱になってしまったのだ。

最終的には、つい数日だけズル休みするつもりだったのに、高校卒業すら危うくなってきた。
確か8月末あたりから高校に行く予定だったのを、これ以上休むと高校を卒業できないというところで高校に行き始めた。

おいおい、結果的に学校行ってるじゃねえか!俺たちの仲間じゃないのかよ!と言われてしまうかもしれない。
そう、残念だけど、高校は最低限卒業できるくらいは行っておいたほうがいいというのは事実だ。

 

不登校は甘え?むしろ、不登校は自然です

じゃあどうやって不登校から復活できるの?ということは、もちろん詳しく書く。
しかしながらその前に、不登校になることは自然だし、そこまでおかしな考え方じゃない、ということを書いておきたい。

具体的にはこういった理由から、不登校は甘えでないと思う。

  • 型に当てはまらない生徒にとって高校は辛い
  • 高校の先生は大体アホ
  • 考えれば考えるほど、高校に行く意味は不明

もちろん僕はひとつの高校にしか行っていないから、全部の高校に当てはまることとは思わない。
それでも、高校生活というものがいかに小さな世界であるかは伝わると思う。

これは個人的な考えだけど、思考停止で高校に行き続けるのも、あまり良いとは思わない。
「高校はくだらないものだ」と思っておきながら、まぁ一応卒業はしておくのがベストだと思う。

型に当てはまらない生徒にとって高校は辛い

そもそも高校は、生徒の平均点を上げるための仕組みであって、皆を最も成長させてくれるものではない。
もしかしたら生徒の多くは成長できるかもしれないけど、それ以外の生徒には辛い数年間だ。

御存知の通り高校は義務教育でもない。
勉強以外のことを含めて、得意なことに70%を割り当てて、不得意だけどやらなきゃいけないことは30%も力を使えば高校は十分だと思う。

そんな事言われても大学受験もあるし…と思う気持ちも分かる。
僕は日本史・世界史が大の苦手で、現代文と英語だけで大学に入った。

歴史は覚えても仕方無いし、ネットで検索すればいつでも情報を調べられる。
僕は一度そう思ってしまってから、歴史についての授業内容を何も記憶できないでいた。

歴史というものは同時並行的に動いていくけど、そんな構造を覚えていくという事が苦手だった。
覚える必要が無いと思っているから覚えてもすぐに忘れるし、身につかない。

僕には合っていないと思ったし、もっと得意なことに時間を使いたいと思った。
歴史みたいに個々の出来事を記憶するのは不得意だったけど、もう少し構造的に物事を理解するのは得意ということは分かっていた。

言いたいことは、いろんな教科をまんべんなく出来るようになって型に当てはまる必要なんて無い、ということだ。
二教科受験もできるし、自分に合った受験方法は探すと結構見つかるし、意外と穴場だったりする。

僕の彼女は中学から不登校という早熟すぎる経歴を持っていて面白い。
彼女は外国語を武器に大学に入ってて、好きなことだけ意欲的に吸収しているという感じがする。

自分では大したこと無いと思っている特技・個性・考え方かもしれないけど、それは絶対に生かしたほうが良い。
それさえ捨てず自分の考え方で一貫していれば、結構なんとかなる。

詳しいことは後述するけど、高校で道をそれてしまったあなたこそ、大学は本当に楽しい場所になると思う。
そんなに偏差値の高くない大学でも楽しいからこそ、ギリギリの出席数でも高校は出てしまったほうが良い。

高校の先生は大体アホ

なぜ高校ではそんな型に当てはまる教育をするのか、その答えは簡単。
先生がラクをしたいからだ。

一人ひとりの生徒と向き合わずに、「これはこうだからダメ」や「こうしないとダメ」と言う先生が多い。
仕組みを作ることでラクに処理ができるからだ。

一人ひとりの将来を真剣に考えるなら、個性と向き合って対話をしながら教える必要があると思う。
先生の労働環境が劣悪なのは分かるけど、それで生徒にしわ寄せがいってはいけないとも思う。

サラリーマンにもなったことがない先生が、社会や心の仕組みを理解しながら生徒の教育をするのは無価値な場合が多いと思う。
というか、色々な仕組みを理解した経験値のある人は、ほとんど先生にはなろうと思わない。

もっと簡単に稼げる仕事は探せばたくさんあるし、年下の学生から学ぶものなんて少ないと正直思う。
モンスターペアレンツに捕まるかもしれない。

だからこそ大体の場合、先生は本質的に考えられていない場合が多い。
視野が狭いし、経験も少ないし、高校生の頃からそういった大人はアホだと思っている。

アホな先生の言うことを真に受けない方がいい。
直感的に、そんな環境から距離を置こうとするのは、あまりに自然な考え方だと僕は思う。

考えれば考えるほど、高校に行く意味は不明

考えれば考えるほど、なんで?と思うことが多いと思う。
例えば僕は、こんなことを感じていた。

  • なんで高校に行くんだろう?
  • なんで大学に行くんだろう?
  • なんで働かなきゃいけないんだろう?

最初の方で書いた、こんな将来のイメージが近いかもしれない。
最近起きた悲惨な事件を見てみると、こんな理想を思い描いていた人がけっこう多い。

高校受験に失敗 → 有名大学にも入れない → 大企業にも入れない → 人生詰んだ

けれど、これが合っているとは思えない。
他人が考える幸せのルートであって、それで幸せになれるかは分からない。

僕は今このようにブログを書いて稼いだお金で生活している。
たしかに大企業よりは稼いでいないけど、時間はあるし好きなことだけやっていて幸せだと思う。

幸せの感じ方や、理想の将来は人それぞれにある。
無理しない働き方で、あまりお金を稼がない方が幸せに生活できる人も実際には多い。

だからってブログを始めろとかフリーターになれとか言いたいわけではない。
けれど、大企業に入って毎日のように夜中まで働いてオッサンになることは、本当に理想の生活なの?とは思う。

高校生の内から決める必要は全然ないし、むしろ決めるには早いと思う。
自分の個性を大切にしながら、好きと思ったことには少しでも力を入れてみよう

YouTubeでもゲームでも良いから、観たり遊ぶだけじゃなくて、もっと深堀りしてみよう。
例えば僕は、PCでゲームを録画するにつかうゲームキャプチャを紹介したりしていて、紹介する代わりにお金をもらったりしている。

YouTuberになったりプロゲーマーになったりするのは難しいけど、こんな道なら思っているより簡単だ。
少し変化球にはなるかもしれないけど、これも好きと思ったことを深堀りした結果だと思っている。

僕個人の話をすると、哲学というジャンルの学問に出会うことができて、大学でも哲学を専攻していた。
これも後述するけど「哲学は忘れることが許される学問だ」と大学の教授に言われて、歴史をすぐに忘れちゃう僕にはピッタリの学問だと思った。

 

不登校をやめて高校に行くためには

何度も書いている通り、基本的には高校を卒業しておくことをおすすめしておきたい。
確かに高校に通っている内はツラいかもしれないけど、実のところ不登校なんてそんな大した問題じゃない

一応は高校を卒業した僕から、10年近く経って不登校を止めるための考え方を書いておきたい。
1〜2は僕が高校に行くようになった当時の考え方で、3〜4は高校卒業以降に振り返って感じた考え方だ。

  1. アホに人生壊される方がムカつく
  2. 学校の違う友人と会って視野が広がった
  3. 卒業後には不登校も笑える
  4. 大学はとにかく楽しかった

僕とは状況が違うかもしれないけど、考え方から感じることはあると思う。

高校を卒業しない方が後々面倒なことが起きると思っておこう。
いま高校に行く苦労の方が、高校を中退するルートよりはるかに楽勝だ。

悲しいけど、高校を中退するとなると、自分で自分の首を絞めることになってしまうということだ。

不登校をやめて高校に行きたい、という方に少しでもこの感覚が伝わればと思う。
これらの経験談を読んで、少しでも視野が広がるキッカケになれば嬉しい

アホに人生壊される方がムカつく

これ以上休んだら高校中退になる、と言われてまず最初に思ったのが、同級生や先生みたいな「アホに人生壊される方がムカつく」ということだった。
僕は何も悪くないのに、なんで僕の人生がハードモードにならなきゃいけないんだ、と思った。

そう思ったら、考え方がひっくり返ったような、少しハイになったような気持ちになった。
「そうだ、どうせ他人なんだし、あいつらに僕の人生は壊せないんだ」と思った。

僕なりに自由に生きてみせると思って、前日ヒゲも剃っていなかったからマスクをして高校に行った記憶がある。
もちろん同級生には白い目で見られるんだけど、みんなアホだと思っているので何とも思わなかった。

自分さえ我慢すれば何も起きないから、僕にとっては我慢するだけの簡単な事に思えてきた。
不登校だったからっていきなり殴られるようなことも無い高校だった。

そうすることで僕は「高校を卒業した人の中で、最も授業に行っていない人」になった。
思い返すと少し誇らしいし、ちょっとこの称号はカッコいいと思わない?

それでいて受験も運良く合格して、大学では哲学の勉強ができた。
もちろんそこまで頭がいい大学ではないけど、アホな友達よりは少しだけ良い大学に行けた。

高校の違う友人や年上の人と会って視野が広がった

学校に行かず何をやっていたのかと言うと、学校の違う友人や年上の人とたまに会ったりしていた
高校の違う友人は、中学の頃から仲の良かったヤツだ。

不登校の話をすると、「不登校も学校サボるヤツも、うちの高校には沢山いるよ」と教えてくれた。
友人の通っていた高校は少し偏差値の高いところで、思うに僕の通っていた高校よりは結構自由なところだった。

これを聞いて、かなり肩の力が降りた記憶がある。
もっと話を聞いていくと、高校には必要日数だけ行って、勉強もそこそこに遊びながら毎日を楽しく生活しているらしかった。

そんな友人と遊んでいる一方で、年上の人ともたくさん会っていた。
それはTwitterで知り合った共通の趣味の人で、ライブに行ったり

その頃はアイドルが好きで、特にももクロに大ハマリしていた。

新しい居場所が見つかった感覚だった。
インターネットで知り合った人に会うのはあまりオススメしていいものじゃないかもしれないけど、色々な場所に居場所を作るということは非常に大切だと思う

考え方・住む場所・年齢、これらが全然違う人達と会うことで、一気に視野が広がっていった。
色々な場所に居場所を用意しておけば、高校で失敗してもダメージが半減する気分だ。

卒業後には不登校も笑える

大学に行って驚いたことだけど、高校時代の不登校話はけっこうウケが良い。
不登校はたしかに辛かったけど、数年後に不登校の話がこんなに笑ってもらえるとは思わなかった。

不登校をしている最中には深夜ラジオをよく聴いていた。
中でも、中学生の頃から不登校だったトークを面白おかしくしている伊集院光には救われた。

こんな人でも大丈夫なんだ、と救われる部分があると思う。
てっきり自分のことを正統派の人間だと思っていたけど、少しだけアウトローな自分というキャラも悪くないなと思った。

今は単純にコンプレックスかもしれないと思っているかもしれないけど、数年後には人を笑わせたり、キャラクターを強くしてくれる武器になっていると思う。

大学はとにかく楽しかった

高校がつまらなかった人にこそ楽しいのが、大学だと思う。
なぜなら、高校までは道徳ばかり習うのに対して、大学では不道徳もいっぱい学ぶからだ

ぼくは哲学科という学科の大学生だったけど、精神分析学というものについても授業を受けていた。
こんな授業があって、面白い。

精神分析学の授業内で「この精神構造は、風俗嬢を説教する客と同じだね」と説明されていた。
もっと具体的には、「風俗なんかで働くのは、止めておいたほうが良いよ」と言いながら風俗に通う客と聞いて、笑ってしまった記憶がある。

精神分析学では、男性が女性を愛すると同時に「おとしめる」ことがあるとされている。
おとしめるというのは簡単に言うと下に見ることで、まさに大学ならではの不道徳な説明だった。

授業だけじゃなくて、友人も個性の強い人が多かった。
同級生だけど年上の友達が何人もいて、音楽やプロレスのようなカルチャーに詳しかったり、美味しいご飯やサラリーマンしか行かない上野の飲み屋を教えてもらった記憶もある。

特徴の尖った友人に囲まれてみると、いかに高校時代の考え方が狭かったかに気付く。
高校を卒業して、大学まで進んで本当に良かったと思う。

哲学に興味がある方には、こちらの記事も面白い。

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不登校をしていた高校時代があるから今がある

ありきたりな言葉にはなるけど、不登校をしていた高校時代があるから今があると振り返ると思う。

この記事の概要

  • 不登校で高校を卒業しないのは止めておいたほうが良い
  • もちろん、不登校は甘えなんかじゃない
  • むしろ、高校を不登校になるのは至って自然
  • 高校がつまらない人こそ大学は面白い

不登校になって自分のことを見つめ直すことで、自分自身の考え方を整理することができたと思う。
僕にとっては、非常に重要な期間だった。

僕個人の考え方だけど、高校がつまらない人こそ大学を面白いと感じる気がする。
そのためにもこの記事を読んでもらい、視野の広さや考え方を吸収して、仕方なく学校に行ってみる選択肢を考えてみて欲しい。

社会の構造を分かりやすい言葉で紹介している本もある。
14歳からの社会学と書いてあるけれど、僕は20歳になってから読んで元気をもらった。

試しにこういった書籍を読んでみると、もっと明確に視界が開けると思う。

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